読書感想:『西の魔女が死んだ』

皆さんお久しぶりです。西向く侍です。
お引越しの準備やら、中耳炎やら、いろいろなものに苛まされながらここ数日を過ごしていたところです。西向くはあまり元気じゃありません。世の中に元気玉なるものがあれば、誰かが勝手に私の元気をもっていっているのだと思います。お願いします。誰か僕に元気を返してください。みなさんいかがお過ごしでしょうか。西向く侍は疲れています。

さて、本日読んだ小説はこちらです。

西の魔女が死んだ
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梨木香歩という作者の作品を好んで読んでいます。
彼女の作品との出会いというのは『家守奇譚』からでした。
純文学のおすすめとして案内をされました。人から勧められたからには付き合いで読む必要があると考えて読んでいます。
読みながらも実はさっぱりわからん。わからんのは私に学がないからだということはわかりました。植物の知識が一切無いので植物の名前を書かれても、あんまりイメージがされない。でも、あのような書き方ですから、知っても知らなくても良いのだろうと思います。それに植物の知識がなくても『家守奇譚』は面白かったです。
梨木香歩のデビュー作を手に取ってみるべきだと思い至り、それが『西の魔女が死んだ』でした。もの知らずな西向くでもこのタイトルは聞いたことがあります。一体どこで聴いたのだろうか。と考え考え概略を調べてまいりました。

『西の魔女が死んだ』この物語が読者に提供されたのは1994年です。ちなみに西向くは2歳。天使のようなかわいらしさを世に発現させていました。西向くの愛らしさとこの作品にはなんにも接点はないので蛇足です。
2001年には文庫化されています。西向くは9歳であり、現在の姪と同じ程度の年齢です。小学校3年生か4年生にかかる程度の時期です。実をいうとあまり西向くは読書を好ましいものと思っていない時期。
母が読んでくれる絵本は好きでしたが、自分で本を進んで読むということはしなかったです。
2008年には実写映画化をされたそうです。当時の西向くは16歳である。小説家を志して、がむしゃらに動いていた時期だ。どうしたら、なれるのかわからないのでとにかく適当に書いていました。実は今も適当に書いているという事実はあんまり考えないようにしています。
調べてみたら、梨木香歩の作品としては大事なデビュー作であることがわかります。
そして、幼い頃から西向くの周囲ではこの作品は結構身近に存在していました。小学校の時分に置いては読書感想文の選択課題図書として選ばれたこともありましたが、打算的な西向くは他の本のほうが本の厚みが少ないという理由で敬遠していたことを覚えています。
こういった経緯もあり、西向くはこの作品を眺めることはあっても読むことはなかったのです。
近所に住んでる別嬪さん。だけど、近づく機会はないし、そういった機会があればことごとくつぶしてきたのだ。
2016年である。西向くが24歳となった。無職男盛りである。そんな中読み上げた本作品。
いささか落胆した。

落胆した理由

実はこの作品がもっと少しばかりファンタジー色が強い物を期待していました。これはこっちの勝手な期待です。作者に罪はないのです。
あるのであれば西向くに罪があります。先入観を持ちすぎた。
あらすじすら読まずに読み進める読者、それが西向くです。

小説解体

物語にはいくつかの障害があり、そしてその障害を回避するか打倒するかそういった提案があります。そして、その提案を受け入れ、柔軟に障害を回避するか、剛健にそのすべてを打倒するかを選ぶ必要があります。選んだ結果(この場合、どちらを選んだとしても)ですが、主人公は大きな成長を果たすことになります。これが本物語の基本構造です。
そして、出版のレーベルや取り扱いを確認する限り、児童文学に沿う物語ですね。単純明快な物語が好まれます。
少女は明快です。傷つきやすい少女。母親からの「生きにくい娘かもしれない」という発言でいささか傷つく。ナイーブに過ぎる。そして、期待に応えられなくなった自分がつらい。緊張感に疲れたのだ。そして、疲れた彼女は逃げるように祖母の元へ向かった。
オールドファッションを流儀として、生きる祖母。新時代の働く女性として活躍をしている母。
女性のあり方の複数例を作中に描かれている。主人公のまいは生き方をそれぞれにみます。
そして、その母の生き方についてを自分は変えようとしている。自分が仕事をしているから、まいはさみしい思いをしているのではないだろうか。それが原因なのではないか。とまいの不登校の原因はまいに求めずに、母は自身に求めました。そして、まいのために提案を行うのです。単身赴任中の夫の元へと向かい、3人で暮らそうと。ついては住む場所が変わるのだから、学校も転校する必要がある。
まいは不満がある。まるでその選択を選んだら、その学校とかの状況から逃げ出すことがプライドに触ってしまう。高い高いプライドである。
彼女は様々な葛藤を持ちながら、3人で暮らすということを選択するのだ。
「選ぶ」ということが大事であるのだ。というのを念頭に置いている。
物語を丁寧に説明せず、完結に言うならば。

主人公のまゆが「重要なシーン」を自身で選択するという物語である。

この物語はまゆだけを描くものではない。オールドファッションのおばあちゃんを描く。ニュースタイルのママを描く、まゆの所為でママの生き方は少しばかり立ち止まったりする必要が出てくる。
物語というのはそいつだけを描く必要はないのだなと思った。
作中のおばあちゃんからまゆへ向かっての言葉大変印象強い。次に抜粋する。

「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ」

物書きとしての収穫

読者に提供するべき言葉は何か。読者が見たい世界を提供する必要があるのだ。そして、それの代表は何か。おばあちゃんの言葉達であるのだろうと思います。
疲れていた西向くはこの作品を読むことで少しばかり、元気を取り戻したように思います。
なにもかもを全肯定するような都合の良い存在がいてくれれば人生ははるかに生きやすいのでしょう。
誰かにとってそういう自分でありたいと切に願います。

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